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山口地方裁判所 昭和28年(ワ)246号 判決

原告 宮本啓介

被告 国

訴訟代理人 西本寿喜 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金五十万円及びこれに対する被告に訴状が送達された日の翌日(昭和二十八年十月二十三日)から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払いせよ、訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決並に仮執行の宣言を求めその請求原因として次の通り陳述した。

一、原告は昭和二十三年四月ごろ下関市岬之町において宮本啓介商店なる商号で海産物販売業を開始、後記事情に基づき昭和二十四年六月廃業するまで右営業を営んでいたものである。

二、原告は、昭和二十四年三月一日下関税務署より「原告の昭和二十三年度(昭和二十三年四月から同年十二月末日まで)の所得金額を金六百五十万円としその納付所得税額を金五百一万八千二百三円とする」旨原告の所得税確定申告に対する更正決定があつたので同年三月十日下関税務署長を通じ広島財務局長に審査の請求をした結果、下関税務署長から同年七月六日付をもつて「所得金額を金二百七十一万四千百四十一円、納付すべき所得税額を金百九十四万七千九十六円」と更正する旨誤謬訂正の通知を受けた。

三、原告は右所得税額に対し昭和二十四年二月二十二日以前に金五万六千四百十二円、同年三月二十三日に金三万円、同年四月十八日に金十六万三千二百円、同年六月三十日に金百二十万円、合計金百四十四万九千六百十二円を納付したので未納税額は金四十九万七千四百八十四円となつた。

四(1)これより先下関税務署長大旗佐は昭和二十四年四月五日、当時の原告の滞納所得税金五百一万八千三百三円に基づき原告所有に係る左記建物に対し差押をした。

(イ)下関市大字豊浦村字関峠三千百五十六番

家屋番号三百六十二番

木造瓦葺二階建居宅 建坪十五坪 二階十一坪二合五勺

(ロ)同所

家屋番号三百六十二番の二

木造瓦葺平屋建建坪二十五坪

物置七坪五合 物置五勺

(ハ)同市大字関後地村字梨子ヶ原二千四百八番地

家屋番号上新地町百三十四番の三

木造瓦葺二階建居宅建坪十四坪五合 二階十五坪五合

(2)下関税務署長岡崎正夫は前記滞納所得税に基づき昭和二十四年六月八日原告所有に係る左記土地に対し差押をした。

(ニ)下関市大字豊浦村字関峠三千百五十六番地

宅地三百三十三坪

(ホ)同市大字同字中尾千百八十四番地の一

山林一反六畝二十九歩

(ヘ)同市大字同字関峠二千百三番地

山林二反三畝四歩

(3)宇部税務署長佐久間一夫は同年六月二十五日下関税務署長からの引き継ぎにより前記滞納所得税に基づき原告所有に係る左記土地に対し差押をした。

(ト)宇部市大字際波字西洗川三百二十番地の一

山林四反八畝二十七歩

(チ)同市大字同字山根三百二十一番地の一

山林八畝七歩

(リ)同所三百二十二番地

山林一畝十二歩

(ヌ)同所三百二十三番地の二

山林一反二畝二十八歩

(4)宇部税務署大蔵事務官平田稔は昭和二十四年八月一日、下関税務署長からの引き継ぎにより原告の滞納税金百四万四千八百二十五円(内訳前記未納税金四十九万七千四百八十四円、前記更正決定による所得税額金百九十四万七千九十六円に対する延滞利息金五十四万七千三百四十一円)に基づき原告所有に係る左記物件に対し差押をした。

(ル)宇部市大字際波千八百九十六番地の一

木造瓦葺平屋建家屋 建坪三十八坪五合

(オ)同所二百八十八番地の二

木造瓦葺平屋建家屋 建坪二十坪

(ワ)同市大字同字山根千八百九十六番の一

宅地百十一坪

五、而して下関税務署長中西清は昭和二十五年九月十二日前記差押に係る宇部市大字際波所在の(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(オ)(ワ)の土地建物を公売処分に付し訴外金藤滋に対し金十五万円で公売し同月十三日右訴外人に対し公売による所有権移転登記を了した。

六、然るところ前記各差押処分、及びこれに基づくじ後の滞納処分は左記理由により違法且つ無効である。

(1)  前記四、の(1) 差押は原告に対し滞納所得税に関する督促状を発することなく行われたものである。当時の国税徴収法第九条第一項に「国税の納期限を過ぎその税額を完納せぎる者あるときは収税官吏は督促状に依り期限を指定し之を督促すべし」と規定し同法第四条の七には右督促状は名宛の住所又は居所に送達する旨規定し同法施行規則第十条には右送達は使丁又は郵便によるべき旨定めてある。然るに原告は使丁、郵便のいづれによるも督促状の送達を受けたことはない。

(2)  前記四、の(2) (3) 差押は原告に対し督促状(甲第一号証)の送達後行われたものであるが右督促状による督促は無効である。督促は税金を任意に納付させるための催告であるから未納者が督促状を受領後税金を納付するに必要な時間的余猶を置いてしなければならない。然るに右督促状は納期につき即刻納付せよと指定されている。これ督促に期限を定めなかつたものであるから督促としての効力がない(現行国税徴収法第九条第二項には十日以前に督促すべき旨規定してある)

(3) 前記四、の(4) 差押は原告の昭和二十三年度所得税(誤謬訂正後の分)残額金百四万四千八百二十五円につき収税官吏でない大蔵事務官平田稔により行われたものであり且つ原告に対し右所得税残額に干する督促状が発せられていない。前記督促状(甲第一号証)が右所得税残額に対する督促であるとしでもその無効のものであること右(2) につき既述したとおりである。

又差押物件中(ワ)宅地については差押の通知なくして差押処分が行われたものである。よつて右物件に対する差押はこの理由からも違法である。

七、国税徴収法第十条に「納税者督促を受けその指定の期限までに税金(延滞加算税額を含む)を完納せざるとき」収税官吏は納税者の財者を差押える旨規定してあり、督促は差押の前提要件である。収税官吏が差押をなすにあたりその要件を調査すべき義務あることは民事訴訟における強制執行において債務名義の存在、その送達の有無等執行の要件につき調査する義務あると同然である。然るに前記収税官吏は右調査義務を怠り又は不注意により督促状の効力に干する解釈を誤つた結果、下関税務署長大旗佐は原告に対する督促手続がとられていないことを承知の上前記(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)各物件に対する差押をなし、且つ宇部税務署長に滞納処分の引継をなし、一方宇部税務署長佐久間一夫は右引継を受けた際右督促の有無を調査すべきであつたに拘らずこれを怠り自ら前記(ト)(チ)(リ)(ヌ)の各物件に対する差押をなし、且つ収税官吏でない大蔵事務官平田稔をして前記(ル)(オ)(ワ)の各物件に対し差押をなさしめ、右平田稔は右署長佐久間一夫の命により自分が収税官吏でないことを承知の上(ル)(オ)(ワ)各物件に対し差押をしたものである。叙上(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)各物件に対する差押は下関税務署長大旗佐の単独不法行為その余の各物件に対する差押は下関税務署長大旗佐宇部税務署長佐久間一夫、同署大蔵事務官平田稔等の共同不法行為である。

八、原告は前項不法行為により財産上損害を受けた。即ち

A  原告は訴外株式会社山口銀行との間に

(1) 昭和二十三年八月二十日原告所有に係る前記(イ)(ロ)各家屋(ニ)宅地(ホ)(ヘ)各山林に対し債権元本極度額金百万円、期限の定なく、債務不履行の時は契約を解除し日歩金四銭の損害金を支払う趣旨の根抵当権を設定し(同年八月二十一日登記済)

(2)  昭和二十四年五月十日原告所有に係る前記(ト)(チ)(リ)(ヌ)各山林(ル)(オ)各建物(ワ)宅地に対し債権元本極度額金四百万円、延滞日歩金五銭その他右(1) と同条件の根抵当権を設定し(同年五月十四日登記済)各手形取引契約を結び原告において右訴外銀行に対し、第三者振出の約束手形を裏書譲渡し或は原告自身約束手形を振出し交付する方法により融資を受けて海産物販売業を営んで居た。ところが原告において前記差押を受けた結果右訴外銀行は、原告に対する債権が国税に優先される結果原告に対する融資を停止した。商人が取引銀行から融資を停止されると休廃業の止むなきに立ち至ることは必然であり原告は昭和二十四年六月中に廃業のやむなきに至つた。

原告は昭和二十三年四月開業し同年十二月末までの間に商品総売上は金二千七百万円に上り、これより所得税以外の公租公課を含む諸経費合計金二千四百三十万円を差引いた利益額は右売上額の一割約金二百七十万円である。これより所得税金百九十四万七千九十六円を差引いた残額が純益となり、少くとも金七十五万円の純益があつた。従つて昭和二十四年度の得べかりし純益は昭和二十三年度分純益の三分の四位即ち金百万円を下らない。

又下関税務署は昭和二十三年度における九ヶ月分の原告の所得を金二百七十一万余円と決定している。特別の事情のない限り次年度は右より少額の所得決定は行われないことになつているから昭和二十四年度の所得については特別の事情のない限り金百万円を下らない決定が行われること必至である。この点から見るも原告の昭和二十四年度の所得は金百万円を下らないものと認めることができる。かように原告は昭和二十四年度以降も一年間金百万円の純益を得べかりしところ前叙の如く前記不法行為に基因する銀行の取引停止のため昭和二十四年六月廃業のやむなきに至つたのでその后一個年間金百万円の割合による得べかりし利益を喪失したことになる。

B  前記(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(オ)(ワ)の各物件の昭和二十五年九月当時の時価は少くとも合計金百十万円を下らないものである。原告は前叙の如く右各物件に対する差押処分の違法を主張するものであるが仮に違法でないとしても右物件に対する公売処分(前記五項掲記)は違法であり無効である。即ち右公売処分にあたり見積価格の決定があつたか否か明白でないが仮に見積価格があつたとしても公売価格金十五万円は時価に比し不当に廉価であるから違法処分たるを免れない。収税官吏は時価に比べ相当な価格で公売処分を行う義務がある。若し適当な価格で買受ける者がいないときは国税徴収法第二十四条により政府買上げ又は随意契約による売却等の方法により相当価格で売却できる手段を講ずべきである。然るにかかる方法によらずして前叙の如き不当な廉価で公売したことは下関税務署長中西清の故意又は過失に基く不法行為である。原告は不法行為により時価と公売価格との差額金九十五万円の損害を受けたことになる。

九、よつて原告は国家賠償法の規定に基づき被告国に対し、前記廃業による損害の内昭和二十四年七月八月九月分として合計金二十五万円、不当公売による損害の内金二十五万円合計金五十万円及びこれに対する被告に本件訴状が送達された日の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を訴求する。

そして被告の主張に対し

一、滞納税金を即刻納付せよとの督促は適法である旨の被告の主張は失当である。徴税に当つては納税者の立場をも考慮し相当の期間を定めて督促し、それにも拘らず納付しないとき、最後の手段として差押処分を行うべきである。即刻納付せよとの督促は人権を尊重しない違法のものといわねばならない。

二、原告が、本件差押、公売処分が不法行為となることを知つたのは昭和二十八年八月中である。

本件各差押について下関税務署長が差押物件中(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(オ)(ワ)各物件を昭和二十五年九月十二日金十五万円で公売し他の土地建物を昭和二十八年三月二十五日金五十九万円で公売した。この差押、公売は一個の滞納処分の一部分であるから被告等の不法行為が終了したのは昭和二十五年九月十二日及び昭和二十八年三月二十五日である。原告は法律の専門家でないので督促なき差押、即刻納付せよとの督促が滞納処分として違法であることの認識はなかつたところ昭和二十八年八月中弁護士に相談し始めて右所為が不法行為になることを知つたのである。かような次第であるから本件損害賠償請求権に関する消滅時効は完成していない。

三、その他被告の主張にして原告主張事実に反する点は否認する。

と陳述した。

第二、被告指定代理人は「主文同旨」の判決を求め答弁及び主張として次の通り陳述した。

「原告主張事実中

一、につき 原告がその主張の期間その主張の場所で宮本啓介商店名義で海産物販売業を営んでいた事実を認める。

二、につき 原告が昭和二十四年三月十日審査請求をしたこと、下関税務署長が同年七月六日所得金額を金二百七十一万四千百四十一円、所得税額を金百九十四万七千九十六円と誤謬訂正したこと、を認める但し右審査請求はその頃原告において取下げたものである。

下関税務署長は昭和二十四年三月一日原告の昭和二十三年度所得金額を金六百五十万円としその税額を本税(所得税)額金四百九十九万七千三百四十二円、当時の所得税法第五十七条による追徴税額金四十一万六千四百四十五円、同法第五十五条による加算税額金九万八千二百七十六円合計金五百五十一万二千六十三円と決定し同日原告にこれを通知したものである。原告の主張する金額はその頃原告から納付した分を控除した金額(甲第一号証督促状)を指すものと思われる。

下関税務署長は同年七月六日所得金額を金二百七十一方四千百四十一円に減額するとの誤謬訂正処分をなしこれに伴い原告の納付すべき(a)所得税本税額を金百八十九万四千百六十二円(b)所得税法第五十七条による追徴税額金四万二千八百二十八円(c)同法第五十五条による加算税額金一万百六円合計金百九十四万七千九百十六円と通知したものである。昭和二十四年七月六日現在における原告の納付すべき昭和二十三年度の所得税額は右金百九十四万七千九十六円の他に

(い)  昭和二十三年度所得金額を金三十九万五百三十六円とするとの原告の七月予定申告に対し下関税務署長が昭和二十三年十月十五日に右所得金額を金六百五十万円とするとの仮更正決定をなし、これにより当時の所得税法第五十五条による加算税額金十七万二千百九十五円となり、これにつき前記誤謬訂正による本税額の減額に応じ減額された(d)加算税金六万一千四百十八円

(ろ)  本件滞納について前記差押に係る(ハ)家屋及び昭和二十四年四月十九日に下関税務署長がなした原告に対する動産差押の差押物件の各公売をなしたものであるが右公売に際し同日までにその額が確定していた(e)当時の国税徴収法第九条による延滞金五十二万五千四百七十円(昭和二十四年七月六日下関税務署長のなした誤謬訂正の結果に基づいて最初の差押のなされた同年四月五日現在における計算)(f)督促手数料金二十円(g)同法第二十七条による滞納処分費金三千二百六十一円があつたので昭和二十四年七月六日現在における納付義務額(確定分)は合計金二百五十三万七千二百六十五円であつた。

三、につき 原告から昭和二十四年六月二十日までに合計金百四十四万九千六百十二円の収納があつたことを認める。未納税額が金四十九万七千四百八十四円であることを否認する。右収納中原告から任意納付したものは昭和二十三年七月三十一日納付の金五万六千四百十二円、昭和二十四年三月二十三日納付の金三万円、同年四月十八日納付の金十六万三千二百円合計金二十四万九千六百十二円であり、原告主張の昭和二十四年六月三十日納付金百二十万円は前記二、(ろ)公売による公売代金百二十万円を充当したものであつて原告より任意納付したものではない。

而して右任意納付金二十四万九千六百十二円は前記(a)本税額金百八十九万四千百六十二円(b)加算税金一万百六円(c)加算税金六万一千四百十八円計金百九十六万五千六百八十六円に充当し(残額金百七十一万六千七十四円となる)右公売代金百二十万円のうち金五十二万八千七百五十一円を前記(c)延滞金五十二万八千七百五十一円に充当し、残額金六十七万一千三百四十九円を前記本税、加算税額金百七十一万六千七十四円に充当したのでその残額は金百四万四千八百二十五円となりこれに前記(f)追徴税金四万二千八百二十八円を加算した合計金百八万七千六百五十三円の滞納所得税があつた。

四、につき

(1)  事実中滞納税額の点を除きその余の事実を認める。本件差押は本税額金四百九十一万九百三十二円加算税額金二十七万四百七十一円、督促手数料金二十円及び延滞金、滞納処分費を滞納金としてなしたものである。

(2)  事実中滞納税額の点を除きその余の事実を認める。本件差押は本税額、加算税額合計金五百一万八千百九十二円、督促手数料金二十円、延滞金、滞納処分費を滞納金としてなしたものである。

(3)  事実中滞納税額の点を除きその余の事実を認める。本件差押は右(2) と同一の滞納金に基づきなしたものである。

(4)  事実中原告主張の日原告主張の不動産に対し差押をしたことを認める。差押担当者が宇部税務署大蔵事務官平田稔であること。差押通知のなされていないことを否認する本件差押は本税、加算税合計金百四万四千八百二十五円、滞納処分費金八十三円を滞納金として宇部税務署長佐久間一夫が行つたものである。

五、につき原告主張事実を認める。

六、七、につき下関税務署長が原告に対し滞納金五百一万八千二百三円を即刻納付すべき旨の督促処分をしたことを認める。本件各処分が処分担当公務員の故意又は過失による不法行為であるとの主張事実を否認する。

(イ)  原告は下関税務署長が昭和二十四年四月十九日なした督促は納付期限につき即刻納付としたものであるから督促として違法ないし無効である旨主張するが当時の国税徴収法第九条(昭和二十三年法律第百七号による改正)には督促に指示する納付期限につき現行法第九条第二項に定める「期間を置くべし」との規定なく、従つて右は収税官吏の裁量に委ねられていたものと解すべきであり、税務の実務上もそのように取り扱われていたものである。

そして下関税務署長においてその裁量に基づき前叙の如く期限を即刻と指定したのは次のような事情によるのである。即ち右督促当時原告の滞納所得税額は金五百一万八千百九十二円でありこれに対する原告の任意納付額は前記の通り金二十四万九千六百十二円にすぎず而もその内金十六万三千二百円は右督促の前日(昭和二十四年四月十八日)に納付したものである。原告は豪しやな消費生活をしながら「とうてい右以上の任意納付はできない。滞納処分を受けてもやむを得ない」等公言し任意納付の誠意が認められなかつた。又当時の原告の資産状態は約金二百万円程度でこれに対する負債額は約金千三百万円に及ぶ状況であり原告はその所有不動産を次々に売却し又はその準備をしている事実が判明した。かような諸般の事実に基づき下関税務署長は租税債権確保のため急速に滞納処分をする必要があつたので納付期限を即刻と指定したものである。

叙上理由により原告の主張は失当である。

(ロ) 宇部税務署大蔵事務官平田稔は同署長から昭和二十四年七月三十日収税官吏に任命され差押処分を行う権限をもつて原告主張の四、(4) の日時(ル)(オ)(ワ)物件に対し差押をしたがその差押調書の物件の表示、滞納者の住所に誤記があつたので、同日宇部税務署長佐久間一夫において右差押を解除すると同時に自ら差押処分をしたものである。よつて原告の主張は理由がない。

八、につき原告主張の(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(オ)(ワ)各不動産の公売価格の評価については近隣における当時の売買実例が判明しなかつたため当時の相続税法による評価時価の合計額金十二万六千六百八十円二十銭、固定資産税法による評価時価の合計額金十万四千三百十円等を基本としこれに事情精通者の意見をしんしやくし又本件(ル)建物に原告の長男宮本隆一が、(オ)建物に訴外木原某が各居住していたので公売後同人等が明渡に肯しない場合に要する明渡請求手続費用ないし立退料等の費用(買受人金藤滋は立退料として宮本隆一に金二十万円、木原某に金二万円を贈与している)を考慮した結果金十五万円で公売できたのである。公売処分による売価が任意売買の場合に比し二、三割安いことは社会通念上も一般に認められており又宇部市地方の唯一の重要産業である石炭界が当時不況であつたことあるいはその後判明した売買実例の売価等を総合し考えるとき右公売価格が時価に比し不当に廉価であるということはできない。

九、時効利益の援用

仮に本件各差押が担当公務員の故意又は過失によるものであり、これにより原告がその主張の如き得べかりし利益を喪失したとしても、原告はこの差押処分が適法な督促処分を欠くものであること。及びその処分を担当した公務員の何人なりやを各処分当時知つていたものであり、右差押は昭和二十四年四月五日、同年六月八日、同年六月二十五日同年八月一日なされたものであるから、右各日から本訴提起(昭和二十八年十月十五日)に至るまですでに三年を経過している。そうすると原告主張の損害賠償請求権は三年の時効完成によりすでに消滅している。よつてこの時効を援用する。

第三、証拠

原告訴訟代理人は甲第一乃至第六号証を提出し、証人木原久義、同山根哲夫の各証言、原告本人訊問の結果、当裁判所の検証の結果、鑑定人上原和一、同木屋勝次の各鑑定の結果を援用し、乙第一号証の一乃至十、第七、八号証の各一、二、三、の成立を認め乙第三号証中原告の署名印影部分の成立は否認し、その余の部分及び乙第二、四、五、六各号証の各一、二の成立は不知と述べ

被告指定代理入は乙第一号証の一乃至十、第二号証の一、二第三号証、第四号証の一、二第五号証の一、二第六号証の一、二第七号証の一、二、三、第八号証の一、二、三、を提出し証人金藤滋、同西村良一、同川久保ツマ、同池田留一、同田村政一の各証言、当裁判所の検証の結果を援用し、甲第二号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認め甲第六号証を利益に援用した。

理由

原告に対する昭和二十三年度分所得税の滞納処分として

(一)  下関税務署長大旗佐が昭和二十四年四月五日原告所有に係る前記(イ)(ロ)(ハ)各家屋に対し

(二)  下関税務署長岡崎正夫が昭和二十四年六月八日原告所有に係る前記(ニ)宅地(ホ)(ヘ)各山林に対し

(三)  宇部税務署長佐久間一夫が下関税務署長からの引き継ぎにより昭和二十四年六月二十五日原告所有に係る前記(ト)(チ)(リ)(ヌ)各山林に対し

(四)  宇部税務署大蔵事務官平田稔が下関税務署長からの引き継ぎにより昭和二十四年八月一日原告所有に係る前記(ル)(オ)各家屋(ワ)宅地に対し(但被告は即日取消した旨主張する)

それぞれ差押処分をなし

(五)  下関税務署長中西清が昭和二十五年九月十二日前記差押に係る(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)(オ)(ワ)土地家屋を公売処分に付し訴外金藤滋に対し金十五万円で公売し同月十三日所有権移転登記を了したこと。

は当事者間に争のないところである。

国家賠償法は過失責任主義を建前とするものであつて、国、公共団体に無過失責任を認め又は推定過失主義をとるものでないことはその法文上明らかである。従つて損害の賠償を請求する被害者において加害者の故意過失を立証すべきであつて、国、公共団体において無過失の立証責任を負うものではない。国家賠償法に基き行政処分の違法を原因とする損害賠償請求の訴においては、行政処分についてはいわゆる適法の推定がなされること(行政処分の取消、無効確認を求める行政訴訟においては適法性の推定は立証責任に必ずしも影響を及ぼさない)前叙立証責任の建前等から原告において行政処分の違法をも立証しなければならないものと解する。以下この見地から原告の主張につき判断する。

一、各差押処分の違法を原因とする損害賠償請求について

(一) 昭和二十四年四月五日差押処分につき。

当事者間成立に争のない乙第一号証の二、本件弁論の全趣旨を綜合すると右差押は原告の当時における昭和二十三年度所得税の滞納額金五百十八万千四百一円(本税金四百九十一万九百三十円、加算税金二十七万四百七十一円)、及督促手数料、滞納処分費、延滞金を滞納金として行われた事実を認めることができる。原告は右差押は滞納所得税金五百一万八千二百三円に基づき行われた旨主張し、被告は、滞納本税額は金四百九十一万九百三十二円である旨主張するもいづれもこれを認めるに足る証拠がない。

原告本人訊問の結果中「右差押は督促なく抜打的のものであつた」旨の供述部分は当事者成立に争のない乙第一号証の十本件弁論の全趣旨に照し容易に措信し難く他にこれを認めるに足る証拠がない。

(二)(三) 昭和二十四年六月八日、同月二十五日差押処分につき。

前項乙第一号証の二、本件弁論の全趣旨を綜合すると右各差押は原告の右各差押当時における前記所得税滞納額金五百一万八千百九十二円(本税金四百七十四万七千二十一円加算税金二十七万四百七十一円)及督促手数料、滞納処分費延滞金を滞納金として行われた事実を認めることができる。当事者間成立に争のない甲第一号証によると原告が昭和二十

四年四月十九日付をもつて下関税務署長から所得税金五百万八千二百三円につき納付方督促を受けた事実を認めることができる甲第一号証によつて、これに記載しある滞納額をもつて右差押処分をしたものと認めるに足りない。

次に右各差押の前提要件をなす原告に対する督促(甲第一号証)が納期限を「即刻」と指定し行われたことは当事者間に争のないところである。右納期限を即刻と指定したことが督促手続を無効としひいて右各差押処分を違法とするか否かについて考えて見る。右各差押当時の国税徴収法第九条には督促状に指示すべき納付期限について現行第九条第二項の「前項の督促状に依り指示すべき期限は督促状を発す日より起算して十日以上経過したる日なることを要す」旨の規定(昭和二十六年法律第七八号による改正)がない。従つて納期を如何に指定するかは税務官吏の裁量に委ねられていたものと解すべきである。而して前項乙第一号証の二によると原告において昭和二十三年七月三十一日同年度の所得税額を金十六万九千二百三十六円と予定申告をなし、下関税務署長が同年十月十五日所得税本税額を金四百九十九万七千三百四十二円と仮更正決定を、昭和二十四年三月一日右同額の更正決定をした事実を認めることができ、これに対し原告において昭和二十三年七月三十一日金五万六千四百十二円、昭和二十四年三月二十三日金三万円、同年四月十八日に金十六万三千二百円を任意納付したことは当事者間に争のないところである。右事実及び本件弁論の全趣旨により認められる原告の財産状態等を彼是比較考慮すると下関税務署長において原告に対する租税債権確保のため急速に滞納処分を実施する必要ありとして納期を前叙の如く即刻と指定したもので、この判断は相当と認められる。

前叙事実関係の下において即刻納付せよとの督促は、原告の人権を無視したものということはできない。

右の如く本件督促手続には納期の定めにつき違法なく、仮に前叙「即刻納付」の定めが不相当の定めであつたとしても、前叙督促状はおそくとも昭和二十四年四月二十日には原告に到達したものと認めることができ、差押処分の行われたのは同年六月八日、六月二十五日であり督促後四十八日、及び五十六日を経過して右差押処分が行われたものであるから右即刻納付の督促が右各差押処分を違法とする理由はない。

(四) 昭和二十四年八月一日差押処分につき

前項乙第一号証の二、本件弁論の全趣旨を綜合すると本件差押は昭和二十三年度所得税本税金九十七万三千三百一円、加算額金七万一千五百二十四円合計金百四万四千八百二十五円(金額の点については当事者間に争がない)を滞納金として行われた事実を認めることができる。右滞納額につき原告に対し督促手続の為されていないことは本件弁論の全趣旨に徴し認めることができる。然るところ本件弁論の全趣旨によると右滞納額は前記督促後における誤謬訂正による税額の減少、公売処分による公売代金等を計算した結果生じたものと認めることができる。督促後、更正決定誤謬訂正等により税額が増加した場合は格別、減少した場合においては更めて督促に及ばなくても納税義務者の権利を害することはないので税額更正前に行われた督促手続に基づき直ちに差押処分を行うことができるものと解すべきである。そうすると本件差押処分に当り右滞納税額につき更めて督促手続の行われなかつたことは本件差押処分を違法とする理由とならない。

次に本件差押を実施した大蔵事務官平田稔は差押の権限を有しなかつたとの原告主張事実についてはこれを認めるに足る証拠がない。

(被告は宇部税務署長佐久間一夫において即日右差押処分を取消し即日同署長自ら差押をした旨主張するに対し原告はこの差押処分については何等違法の主張はしない。)

次に本件差押物件中(ワ)宅地については差押通知がなく差押処分が行われたから右物件に対する差押は違法である旨の原告の主張について考えて見るに、差押処分着手前に滞納者に対し差押をなす旨通知すべき規定なく、差押後差押調書を滞納者に交付すべき旨規定されているところ、右交付は差押終了後行われるものであるから、差押調書を滞納者に交付しないことは、その前に行われた差押処分行為を違法とする理由とならず差押処分の取消事由となるにすぎないものと解すべきである。よつて原告の右主張は理由なきものとして採用しない。

叙上の如く原告の主張立証によるも前記各差押処分を違法と認めることはできない。前叙各税務官吏が行つた右各差押処分の違法であることを原因とする原告の本訴損害賠償の請求はその余の争点について判断するまでもなく失当であること明である。

二、公売処分の違法を原因とする損害賠償請求について

公売処分において特別の事情がないのに拘らず市価に比し著しい安い価格で公売することは滞納者の権利を害するものとして違法といわねばならない。先づ本件における公売価格金十五万円が特別の事情がないのに拘らず時価に比し低廉であるか否かについて検討して見る。

鑑定人木屋勝次の鑑定の結果証人金藤滋の証言を総合し本件公売物件中(ル)(オ)各家屋の昭和二十五年九月当時の時価を(居住者なきものとして)合計金五十七万余円と、鑑定人上原和一の鑑定の結果によると本件公売物件中(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ワ)各土地の昭和二十五年九月当時の時価は合計金十六万余円と各認めることができる(合計金七十五万円位)

当事者間成立に争のない甲第四号証、原告本人訊問の結果によると原告において訴外山口銀行に対し右(ワ)地を含む原告所有の不動産につき極度額を金四百万円とする順位第一番の根抵当権を設定した事実が明であるが右事実によつては本件公売不動産の市価が原告主張の如く金百十万円を下らなかつたものと認めることはできない。証人西村良一の証言により真正に成立したものと認める乙第四号証の一、二は前記各鑑定の結果にかんがみ被告主張事実を認める証拠として採用しない。

公売価格が一般市価を相当下廻る(約三割程度)ことは通常の事例であるから公売価格が市価より低廉であるとの一事をもつてその公売処分が直ちに違法ということはできない。当事者間成立に争のない乙第六号証によると訴外山口銀行は前記根抵当権を設定(昭和二十四年五月)するに当り本件公売物件の価格を合計金四十五万八百四十円と見積つた事実を認めることができる。証人金藤滋の証言によると公売当時(オ)家屋に訴外木原久義が賃借居住し(ル)家屋に原告の長男宮本隆一が家族と共に居住しており公売前本件各物件を見分した訴外金藤滋に対し訴外宮本隆一から競落になつた場合における立退料を要求したのでその立退料を金二十万円と協定し、これを計算に入れ金十五万円で入札したところ公売になつたので後日金二十万円を訴外宮本隆一に支払つた事実を認めることができる。当事者間成立に争のない乙第七、八号証の各一、二、三証人金藤滋の証言を総合すると昭和二十五年当時宇部地方唯一の重要産業である石炭界は不況の極で一般の経済状況は悪化していた事実を認めることができる。右各事実を総合し前記認定市価と公売価格を比較検討するとき右公売価格金十五万円は市価に比し安価ということはできるが著しく低廉な価格ということはできない。よつて本件公売処分は違法ということができないから下関税務署長中西清が違法な公売処分を行つたことを前提とする本件損害賠償の請求はその余の争点について判断するまでもなく失当といわねばならない。

なお原告は本件公売処分の違法且無効を主張するところ、仮に公売処分が無効であるとすれば本件公売物件の所有権は実体法上訴外金藤滋に移るいわれなく原告においてその所有権を保持する筈であり、時価と公売価格との差額を原告が本件公売処分により蒙つた損害としてその賠償を請求することは理論上矛盾でありどの点からするも原告の本訴請求はその主張自体理由なきものとして排斥すべきものとする。

叙上の次第で原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 河辺義一 藤田哲夫 高信雅人)

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